「キャリア教育」とは一体なんなのか? 何を目指して行われるものなのか?
よく使われる言葉であるが、その内容について深く議論する機会というのはあまりないように思える。
今回の記事では、「キャリア教育」という言葉を問い直すことで、「キャリア教育」の意義や目的を明らかにすることを試みようと思う。
文部科学省の掲げる「キャリア教育」
そもそも、文部科学省は「キャリア教育」をどのように定義しているのだろうか?
文部科学省は文書 “キャリア教育とは何か(リンク)” において、次のようにキャリア教育という言葉を定義している。
“一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育”
(引用:文部科学省, キャリア教育とは何か, p14)
この定義の中には、複数の文脈(要素)が混在していることが見て取れる。この混雑さこそが、「キャリア教育」という言葉を分かりにくくしている要因であろう。
そこで、この文科省の定義を出発点にしながら、「キャリア教育」という言葉を紐解いていこうと思う。
そもそもキャリアとはなにか
キャリア=生涯の経歴
そもそも、キャリアとはなにか? ここを考えることなしにキャリア教育を考えることはできない。
広辞苑によれば、
“キャリア【career】
①(職業・生涯の)経歴。
②専門的技能を要する職業についていること。
③国家公務員試験Ⅰ種(上級甲)合格者で、本庁に採用されている者の俗称。”
(引用:広辞苑無料辞書検索, リンク)
とある。ここで、②と③の意味については今回の議論の対象とはならない。
よって、キャリアとは職業・生涯の経歴のことを指すと言える。
「キャリア」と「教育」の間の言葉は何か?
キャリア “の” 教育?
先程の定義を踏まえた上で、キャリア教育とはなにかを考えていこうと思う。
まずは、キャリア教育を「キャリア “の” 教育」というように言葉を補ってみようと思う。
先程の定義から言えば、「職業・生涯の経歴の教育」と読むことができる。
しかし、この表現には違和感がある。個人個人のものであるはずの生涯の経歴を教育する、すなわち教えると解釈できるからである。
すなわち、この表現は妥当でないということが言えるであろう。
キャリア “を” 教育 “する”?
次に、キャリア教育を「キャリア “を” 教育 “する”」というように読んでみようと思う。
すると、「職業・生涯の経歴を教育する」とある。
この表現も、個人個人のものである人生を教えることはできないという理由で棄却される。
さて、単純な助詞(の、を)を補うだけでは、どうもキャリア教育を定義できそうにない。
そこで、ここからは “キャリア” と “の” の間の言葉を補うことでキャリア教育を考えていこうと思う。
キャリア “○○” の教育
キャリア “のため” の教育
“のため(For)” を補って、「キャリアのための教育」としてみた。
すなわち、「職業・生涯の経歴のための教育」である。
先程までの定義よりはしっくりくる。が、ここで更なる疑問が生じる。
そもそも、教育とは子どもが将来社会の中で生きていくために必要な力を身に付けるために行われるものである。
ならば、教育はすべからく「職業・生涯」のためにあるべきである。
にも関わらず、この定義においては、職業・生涯の「経歴のための」教育なのである。
なぜ、「経歴」に焦点を当てた教育を指すのだろうか?今度は「経歴」について紐解いていく必要がありそうである。
経歴には「選択」が存在する
経歴における普遍的な事象
人生における経歴において、普遍的に存在する事象はなんなのであろうか?
高校受験を例に考えていこうと思う。
高校受験は日本の教育システムの中では義務教育を終えた人にとって一般的な道であり、多くの人が共有する経歴の1つであろう。
この高校受験の際、受験生は志望校を選択するであろう。ある人は学力を基準に、ある人は部活動を基準になどというように、それぞれが何らかの基準をもとに志望校を決定する。
そして、受験に合格するために、勉強をしたり、部活動に打ち込むだろう。あるいは課外活動に打ち込むだろう。その後、高校受験を迎える。
また、高校受験においては受験しないという選択肢も存在していることを忘れてはならない。そのような人たちも、別の方法で生涯の経歴を歩んでいる。
この高校受験という経歴の中で、受験生は志望校を「選択」している。そして、そのための手段を「選択」している。あるいは、受験しないという選択肢を「選択」している。
すなわち、キャリア教育は「職業・生涯の選択のための教育」と言い換えることができる。
選択のための教育
高校受験の例をもう少し続けようと思う。
高校受験における「選択」を良いものにするために、必要なことはなんだろうか?
まず、受験できる高校を知ることだろう。選択の先をよく知ることは、よりよい「選択」に必要である。
その後、受験する高校を決める。このとき、中学生は学力や学校の雰囲気をもとに学校を決める。その決め方を知ることは非常に大切である。決め方を知らずに自分に全く合わない志望校を選ぶことは不幸であろう。
そして、合格のための努力をするが、そのときもより効果の高い方法を選択・決定しようとする。
このように「選択」を良いものにするには、必要なことが複数ありそうである。
生涯の経歴の選択のための教育がキャリア教育なのだとするならば、そこでなにが必要なのだろうか?
ここで必要とされるであろうことを紐解いていくと、ブラックボックスであったキャリア教育の中身が分かりそうである。もう少しだけ、お付き合いいただこう。
「選択」のために必要な教育
①選択肢を “知る” ための教育
選択のためには、選択肢を知る必要がある。
子どもにとってのロールモデルを増やすことや、高校を紹介することは子どもが選択肢を「知る」ための教育であると言える。
さまざまな経験やきっかけを得ることもここに当たるだろう。
また、子どもたちに職業を調べさせることや学校について調べさせることは選択肢を「知る方法」を教育していると言える。
②選択肢を “決定する” ための教育
人生においては、選択肢を知った時には無数にあるような選択肢でも、そのなかから1つを「決定」して進んでいかなければならない。(時間は過ぎていくのだから。)
しかし、多くの選択肢から1つの選択肢を選ぶ時には必ずいっていいほど迷いが生じる。
そこで、数ある選択肢の中から自分の生涯における選択肢を「決定」するための教育が必要である。
そのための教育としては、大きく分けて2つの教育することがあると考えられる。
Ⅰ.自分の状態の把握の仕方
Ⅱ.「決定」のときの考え方
Ⅰ.自分の状態の把握の仕方
“自分が何をやりたいのか” や “自分が得意なこと・苦手なこと”、”自分に何が向いているのか”など、自分がどのような状態なのかを把握することは、「決定」のために必要である。
自分がやりたいことを知るためには、さまざまな経験をすることや自己との対話が必要だと言える。
自分が得意なこと・苦手なことを知るためにも同様にさまざまな経験が不可欠である。
また、職業診断は自分が何に向いているのかを知るための教育方法の1つだと言えるだろう。
これらの経験をする機会を与えることは教育で必要なことであろうし、経験をどう振り返ればいいかという方法を提示することも必要だ。
Ⅱ.「決定」のときの考え方
何を基準に「決定」するのかということについても、教育において枠組みを提示することが必要だと考えられる。
受験においては学力や部活動、学校の雰囲気などを基準にして選べばいいというようなアドバイスをすることは多いだろう。
ほかにも生涯において決定に悩むことはたくさんある。その時に必要な「決定」のための考え方を教えることも教育において必要と言える。
「決定」のための手法は人によって異なるため、ある手法での決定が上手くいかなければ他の「決め方」を試すことを提案して、子どもに合った「決定」のための考え方を養う必要がある。
言い換えれば、この「決定」の試行錯誤の繰り返しの機会を与えることが必要であると言える。
このⅠ.自分の状態の把握の仕方とⅡ.「決定」のときの考え方の教育は不可分でない場合も多く、両者を同時に行うこともあり得るだろう。
③選択肢を “実現する” ための教育
選択肢の中から自分の経歴にとっての選択肢を選んだとする。
最後に必要な教育とはその選択肢をどう「実現する」かという、子どもが選んだ選択肢を「実現する」ための教育であろう。
ここで必要な教育は子どもが選んだ選択肢によって異なるため、ここでも子どもベースの教育が必要である。
キャリア教育における個別化教育は、この段階において必要な選択肢を「実現する」力を養うために行われるべきである。
さて、どうだろうか? これでかなり「キャリア教育」のブラックボックスが明らかになったのではないであろうか?
まとめ:キャリア教育は「キャリアを選択するための教育」
長くなったが、最後にキャリア教育とはなにか?という問いに対する回答をまとめておこう。
キャリア教育は「職業・生涯の経歴を選択するための教育」である
経歴の選択のために必要な教育は以下の3つに大別される。
①選択肢を「知る」ための教育
②選択肢を「決定」するための教育(Ⅰ.自分の状態の把握の仕方 Ⅱ.「決定」のための考え方)
③選択肢を「実現する」ための教育
今回は可能な限り論理的にキャリア教育について考えてみた。
整理してみると、「キャリア教育」と一言で言ってもかなり多くの内容が含まれているなというのが率直な感想である。
今回の議論がキャリア教育の議論におけるプラットフォームになれば幸いである。
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